競争戦略論I・IIと競争の戦略、どっちを買う?論文集から入る理由

「競争の戦略と競争戦略論I・IIは同じ内容ですか?」
Q&Aサイトに2011年に投稿されたこの質問は、2026年の今もそのまま検索窓に打ち込まれています。書名が似ている。どれが原典でどれが論文集か分からない。しかも本体の『競争の戦略』は約500ページで「80ページで挫折した」という声が珍しくない。ポーターを読もうと決めた人が、最初につまずくのは中身ではなく「どの本を買うか」です。
この記事は、ポーターの主要3冊を「何が読めて、何が読めないか」で並べ、迷っているなら論文集『競争戦略論I』から入ってよい理由を目次の事実で示します。筆者は2019年12月に『[新版]競争戦略論』のI・IIをKindleで同日に購入して所持している立場。感想ではなく、購入判断に必要な書誌と構成の整理に絞って書きます。
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目次
結論:迷っているなら競争戦略論Iから。本体は必要になってから
先に答えを。3冊は同じ内容ではない。『競争の戦略』は業界を分析する本、『競争優位の戦略』は企業の内部活動を分析する本、『競争戦略論I・II』はポーターがハーバード・ビジネス・レビュー等に書いた論文を集めた本です。
そして「どれを買うか」で止まっているなら、論文集のI巻から入るのが合理的です。理由は3つ。I巻の第1章と第2章だけで、5フォースの改訂版と「戦略とは何か」という2本の中核論文が完結すること。「戦略とは何か」は本体2冊には収録されていないこと。そして訳文が本体より新しく平易だと第三者の書評が指摘していること。本体は、論文集を読んで「業界分析を自分でやる必要がある」と分かってから買っても遅くありません。
3冊は何が違うのか
まず書誌を並べます。年・焦点・分量の3つを見るだけで、書名の混乱はほぼ解けます。
| 本 | 原著 | 焦点 | 分量・訳 |
|---|---|---|---|
| 競争の戦略(新訂版1995/初訳1982) | 1980年 | 業界。5つの競争要因・3つの基本戦略・競争業者分析 | 約500ページ。土岐坤ほか訳。「翻訳が分かりにくい」の声が多い |
| 競争優位の戦略(1985) | 1985年 | 企業内部。バリューチェーン、コストと差別化の源泉 | 650ページ超。同じ訳者陣 |
| [新版]競争戦略論I/II(2018) | 論文集 On Competition 2008年増補版 | I=競争と戦略・CSR/II=立地・クラスター・社会問題 | I 464ページ・II 396ページ。竹内弘高監訳・DHBR編集部訳 |
| 〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略(2012) | 解説書(マグレッタ著) | 5フォースとバリューチェーンの関係を整理 | 約320ページ。巻末にポーターとのQ&A |
ポーター自身が「『競争の戦略』は産業に焦点を当て、『競争優位の戦略』は企業に焦点を当てている」と書いています(『競争優位の戦略』新版イントロダクション)。本体2冊は補完関係で、どちらか一方で済む本ではない。論文集は、この2冊の中核概念を論文単位で再提示したうえで、本体刊行後に書かれた「戦略とは何か」(1996年)などを加えたものです。
ここで、冒頭のQ&Aサイトのベストアンサーは「本体が原典、論文集は派生。原典を先に」でした。定説としては正しい。ただし読者の目的が「ポーターの考えを掴んで自分の仕事に当てる」であれば、順番は逆でよい、というのが次の節以降の主張です。
競争戦略論I・IIに何が入っているか
新版(ダイヤモンド社、2018年7月)は、原著 On Competition の2008年増補版を底本にしています。収録論文は巻ごとに性格がはっきり分かれます。
| 巻・部 | 章 |
|---|---|
| I 第1部 競争と戦略 | 第1章 五つの競争要因(1979年論文の2008年改訂版)/第2章 戦略とは何か(1996年)/第3章 情報技術がもたらす競争優位/第4章 戦略とインターネット/第5章 競争戦略から企業戦略へ |
| I 第2部・第3部 | 第6〜8章 フィランソロピーとCSR/第9章 新任CEOを驚かせる七つの事実 |
| II 第1部 立地の競争優位 | 第1章 国の競争優位/第2章 クラスターと競争/第3章 複数の立地にまたがる競争 |
| II 第2部 競争によって社会問題を解決する | 第4章 環境対応が競争優位を生む/第5章 インナーシティの競争戦略/第6章 競争による医療制度の再生 |
1999年の旧版との違いも押さえておきます。原著は2008年の増補で3論文が削除、5論文が追加、2論文が改訂。新版I巻では第1章が改訂版に差し替わり、第4章と第6〜9章が増補分です。II巻第2部の社会問題編3章は旧版では邦訳されておらず、新版で初めて収録されました。中古で旧版を安く見つけたときは、改訂版の5フォースと社会問題編が入っていない点を承知のうえで、ということになります。
巻の使い分けは単純です。企業戦略・業務効果との違い・CSRを知りたい人はI巻で足ります。II巻はクラスターや国の競争優位、地域政策、医療制度など、経営書というより産業政策の色が濃い。ビジネス読者が最初に買うのはI巻です。
論文集から入る理由
「原典を先に」という定説に対して、論文集から入ってよいと言える根拠を3つ挙げます。いずれも目次と書誌から確認できる事実です。
- 1. 第1・2章の約100ページで中核が完結するI巻第1章は5つの競争要因、第2章は「戦略とは何か」。旧版でこの2本が約100ページで、新版は囲み記事が増えた分わずかに長い程度です。本体の『競争の戦略』が業界分析だけで最初の80ページを使うのに対し、論文集は同じ概念を論文1本の密度で提示します。ここを読んで「業界分析の手順を細かく知る必要がある」と感じたら本体へ、「概念が掴めれば十分」なら止めてよい。100ページで判断できるのが最大の利点です。
- 2. 「戦略とは何か」は本体に入っていない1996年の論文「戦略とは何か」は、業務効果と戦略の違い、トレードオフ、活動の適合性を論じたもので、ポーター自身が『競争の戦略』第2章の考察の後に書いた「最新の思索」と位置づけています。本体2冊を読破しても、この論文は読めない。逆に言えば、論文集I巻だけがポーターの1980年の枠組みと1996年の到達点を1冊で持っています。
- 3. 5フォースは2008年改訂版が読めるI巻第1章は1979年論文の2008年改訂版で、「競争要因と誤解されやすい要素」「業界構造の変化」など、1980年の本体には無い整理が加わっています。加えて、訳文は2018年のDHBR編集部訳。ある書評は「『競争戦略論I』の訳文は自然な日本語で、負担感は本体の3分の1くらい」と評し、「480ページを超える『競争の戦略』より先に『競争戦略論I』の最初の二つの論文を読むべき」と書いています。筆者の読了体験ではなく第三者の評価ですが、本体の「翻訳が分かりにくい」「日本語がこなれていない」という不満と対になる指摘です。
「難しい」と言われる本体の難しさは、分量・訳文・分析項目の多さの3つに分解できます。論文集はこのうち分量と訳文の2つを回避できる。分析項目の多さ(競争業者分析の細かさ)は本体固有の価値なので、必要になった人だけが本体に進めばよい、という整理になります。
論文集では足りないもの|入門書の位置づけ
論文集を推すからには、足りない部分も明示しておきます。
- バリューチェーンの本格解説企業内部の活動を分解して優位の源泉を探す枠組みは『競争優位の戦略』の主題で、論文集では第2章の活動システム・適合性として触れる程度です。自社の活動をコストと差別化の観点で棚卸ししたい人は、650ページ超の本体が要ります。
- 業界分析の手順書としての細かさ『競争の戦略』は競争業者分析や業界環境別の戦略を章立てで扱います。論文集は概念の提示が主で、手順を追う教科書ではありません。
- 初学者向けの噛み砕き論文集は本体より平易とはいえ、経営学の論文です。5フォースの単語も知らない段階なら、解説書のエッセンシャル版(約320ページ。「ポーター本人の全面協力」と版元が謳う)が上位記事でも入門の定番として推されています。ただしレビューには「サクサク読めるわけではない」「これで全部分かったと思うのは早計」という声もあり、解説書の後に結局ポーター本人の文章を読みたくなる人が多い。2025年7月には同じ著者による『超入門!マイケル・ポーターの競争戦略』(楽工社)も出ています。
つまり、解説書→論文集I→(必要なら)本体、の3段で考えると、どこで止まっても損をしません。解説書で足りる人、論文集で足りる人、本体まで要る人が、それぞれ自分の段で止まれる構造です。
電子で揃えた実例と読む順番
筆者は2019年12月に『[新版]競争戦略論』のI巻とII巻をKindleで同日に購入しました。購入当時の価格は各2,025円(価格は時期により変わります)。論文集は章が独立しているので、電子版の目次から第1章・第2章に直接飛べるのは実用上の利点です。本体2冊は所持していないため、リンクは比較のために置いています。
読む順番を1本にまとめると、こうなります。
- 競争戦略論I 第1章・第2章:5フォース(改訂版)と「戦略とは何か」。約100ページ
- 競争戦略論I 第5章:競争戦略から企業戦略へ。多角化企業の人はここまで
- 必要になったら本体:業界分析を自分でやるなら『競争の戦略』、活動の棚卸しなら『競争優位の戦略』
- II巻は用途が合う人だけ:クラスター・立地・社会問題
戦略書の棚での位置づけも添えておきます。ポーターが担うのは「業界と自社の位置を分析する型」。分析の手順そのものは大前研一の『企業参謀』が、分析した後に打ち手をどうつなぐかは楠木建の『ストーリーとしての競争戦略』が担っていて、楠木氏の本は第2章でポーターのポジショニング論を土台として整理しています。ポーターを論文集で押さえておくと、他の戦略書の前提が読めるようになる、という関係です。
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最初の質問に戻ります。「同じ内容ですか」への答えは、いいえ。「論文集を読んだ後に本体を読む意味はありますか」への答えは、業界分析やバリューチェーンを自分の手で回す段階になったら、あります。それまでは論文集I巻の100ページで十分に前へ進めます。経営戦略の名著全体をどの順で読むかは、別記事にまとめています。

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