生きがいについては難しい?100分de名著から原典へ進む読み方

「軽い気持ちで手に取ったが、手軽に読める本ではない」。
神谷美恵子の『生きがいについて』に、電子書籍ストアのレビューで最も多く寄せられている種類の言葉です。生きがいをくれる本だと思って開いたら、生きがいの構造を分解して分析する論考だった。引用が多く、どこまでが著者の言葉か分からなくなる。10章の「変革体験」は実感が持てず読み飛ばした。この記事は、その3つの詰まりを本の構造に対応させ、全11章を3ブロックの地図にして、100分de名著の4回とどう対応するかを整理したものです。
結論を先に言うと、この本は「生きがいの解剖図」であって「生きがいの処方箋」ではありません。そう分かって開けば、引用の多さも10章の難しさも、構造上の理由が見えてきます。筆者はみすず書房の神谷美恵子コレクション版(2004年・360頁・執筆当時の日記付き)を2021年5月にKindleで購入しています。以下、その書誌と、みすず書房・NHKの公式情報から確認できる範囲で書いています。
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目次
結論|生きがいをくれる本ではなく、生きがいの構造を解剖した論考
『生きがいについて』は、読者に生きがいを与える本ではなく、生きがいという感情がどう成り立ち、何に奪われ、どう再発見されるかを分解した論考です。1966年にみすず書房から出て「生きがい論ブーム」を起こした本ですが、文章はどうか。「詩集のような文章かと思いきや、驚くほど構造的で分析的」というレビューのとおり、章と節が細かく切られています。「人生のハウツー本と思って手を伸ばすと火傷する」と評されるのは、この期待と実体のズレが原因です。
著者の神谷美恵子は精神科医で、岡山県の国立ハンセン病療養施設・長島愛生園で働いた経験がこの本の土台になっています。NHKの番組紹介によれば、著者が「生きがい」の問題に直面したのは43歳のとき。療養施設で出会った人々の姿から、苦しみの底にあってなお失われない希望や尊厳を考察した、というのが公式の説明です。本書はその考察を、患者の言葉と古今東西の書物からの引用を織り合わせて組み立てています。
だから読み方は、処方箋を探すのではなく、地図を持って構造を追うこと。地図は全11章を3つに分ければ作れる。次の表がそれです。
全11章を3ブロックで見る|構造、喪失と再発見、精神的生きがいと帰還
みすず書房の公式目次によれば、本文は「はじめに」と「おわりに」に挟まれた全11章です。章題は原典の表記のまま並べます。
| ブロック | 章 | 扱うこと |
|---|---|---|
| 生きがいの構造 | 1 生きがいということば/2 生きがいを感じる心/3 生きがいを求める心/4 生きがいの対象 | 言葉の定義、生きがい感の種類(感情・認識・使命感)、7つの欲求(生存充実感・変化・未来性・反響・自由・自己実現・意味と価値)、生きがいの特徴 |
| 喪失と再発見 | 5 生きがいをうばい去るもの/6 生きがい喪失者の心の世界/7 新しい生きがいを求めて/8 新しい生きがいの発見 | 運命・難病・死別・夢の崩壊・罪・死との直面、喪失後の心の世界(足場の喪失・疎外・無意味感)、そこからの回復の様式(代償・変形・置きかえ・心の構造の変化) |
| 精神的生きがいと帰還 | 9 精神的な生きがい/10 心の世界の変革/11 現世へのもどりかた | 認識・審美・愛・宗教的なよろこび、変革体験の記述、変革のあとで日常へ戻る道筋 |
この3ブロックで見ると、本の重心は真ん中にあります。1〜4章は用語と枠組みの整理、5〜8章が本書の中核で、療養施設での経験が最も濃く反映される部分。9〜11章は精神的な領域へ進んで、最後の11章で日常に戻る。10章「心の世界の変革」で止まる読者が多いのは、9〜11章のブロックだけ性格が変わるからです。
各章は節に分かれていて、たとえば3章は7つの欲求で7節、5章は奪い去るものの種類で7節です。章単位ではなく節単位で読むと、1回に読む分量が短くなり、「長くて最後まで読めなかった」という状態を避けやすい。この本は節の見出しがそのまま索引になる構造。1節ずつ引く本として扱えます。
難しく感じる3つの場所|期待違い・引用の多さ・10章の変革体験
- 期待違い(ハウツー本ではない)「生きがいについてを読んで、生きがいを見つけられるわけではない」というレビューのとおり、本書は読者に生きがいを与える構成になっていません。「今の自分には必要のない本だった。その局面に立たされたときにもう一度帰ってこよう」という読後の言葉もあり、読む時期によって刺さり方が変わる本だと分かって開くのが最初の対処です。
- 引用の多さ本書は引用が多いことで知られ、デカルト、パスカル、スピノザ、ヤスパース、ベルクソン、オルテガ、ホワイトヘッドらの名前が読者の書評に挙がります。100分de名著の講師を務めた若松英輔氏も、テキストで「神谷の言葉なのか、彼女が引用した人物の言葉なのか、その境界線が分からなくなる」読者がいるだろうと指摘しています。対処は、引用元を全部追わないこと。引用は論の補強であって、読者に前提知識を要求しているわけではありません。
- 10章「心の世界の変革」「変革体験の部分(10章)は実感を持って理解するのが難しかった。読み飛ばした箇所もあり」というレビューが典型です。10章は自然との融合体験や宗教的な変革体験を扱い、5〜8章までの分析的な文章と質が変わります。ここで止まっても本の主張を取り逃がすわけではない、というのが次の節で書く構造上の理由です。
100分de名著から原典へ|2018年5月放送の4回と原典ブロックの対応
NHK Eテレ「100分de名著」では、名著76として2018年5月に本書が4回にわたって放送されました。講師は若松英輔氏。各回のタイトルは第1回「生きがいとは何か」、第2回「無名なものたちに照らされて」、第3回「生きがいを奪い去るもの」、第4回「人間の根底を支えるもの」です。放送テキスト(NHK出版・2018年4月25日発売・116頁)は、原典を読む前の地図として使えます。
| 番組の回 | 対応しやすい原典のブロック |
|---|---|
| 第1回 生きがいとは何か | 1〜4章(生きがいの構造) |
| 第2回 無名なものたちに照らされて | 本書の土台(長島愛生園での経験)と5〜6章 |
| 第3回 生きがいを奪い去るもの | 5〜8章(喪失と再発見) |
| 第4回 人間の根底を支えるもの | 9〜11章(精神的生きがいと帰還) |
対応は番組の構成から見た目安で、番組が原典の章をそのまま追っているわけではありません。番組第3回の「奪い去る」と原典5章の「うばい去る」で表記が違うのも、番組側の見出しだからです。使い方は、テキストで4回分の見取り図を持ち、原典は1〜4章を節単位で読んでから5〜8章へ進む。入門版と原典を往復する「2段読み」で、当ブログで君主論や大衆の反逆について書いた読み方と同じ形です。
入門側の本としては、放送テキスト(『100分de名著 神谷美恵子 生きがいについて』)のほか、同じ若松氏による『「生きがい」と出会うために 神谷美恵子のいのちの哲学』(NHK出版)があります。どちらも筆者の手元にはなく、書誌の範囲で挙げておきます。
関連記事: 大衆の反逆は難しい?訳の違いと100分de名著から入る読み方
10章で止まったら11章へ|「現世へのもどりかた」で日常に戻れる構造
10章「心の世界の変革」を読み飛ばしたというレビューは、否定する必要がありません。章立てを見ると、10章の後に11章「現世へのもどりかた」が置かれ、節題は「もどりかたのさまざま」「のこされた問題」。変革体験の記述を経た読者を、日常へ戻す章です。つまり10章を保留しても、11章は「変革のあとに人はどう戻るか」という問いとして独立して読める。飛ばした人が本の結論を取り逃がすことはありません。
10章と9章の後半(宗教的なよろこび)は、本書が扱う主題として章題を挙げるにとどめます。宗教的体験をどう受け取るかは読者の側の問題で、本記事は内容の是非には立ち入りません。分析的な5〜8章を読み終えた時点で本書の中核は押さえられているので、9〜11章は時間を置いてから戻る読み方でも構いません。
問い型の名著としては、フロムの『愛するということ』が内省の面で近く、本書9章の「愛のよろこび」と重なります。
関連記事: 愛するということは難しい?「愛は技術」から読み始める
版の選び方と次の1冊|初版・著作集・コレクション版と、自省録・大衆の反逆へ
本書には3つの版があります。1966年のみすず書房初版、1980年の『神谷美恵子著作集』第1巻、2004年10月の「神谷美恵子コレクション」版(360頁)。コレクション版は本文に「執筆当時の日記」を付し、コレクション各巻の巻末には未公開の文章と解説が収められています。現在新刊と電子版で入手しやすいのはコレクション版で、筆者もこの版のKindle版を2021年5月に購入当時1,200円で入手しました(価格は時期により変わります)。
みすず書房の電子版はストアのセールで対象になることがあるので、揃えるならセールやクーポンの多いストアを選ぶと差が出ます。
関連記事: 電子書籍のセール・クーポンが多いアプリ徹底比較|お得に買う3選
次の1冊は2方向です。1つは、神谷美恵子自身が岩波文庫の訳者を務めたマルクス・アウレリウスの『自省録』。本書の著者が訳した古典として、著者の思索の背景に触れられます。もう1つは、本書が引用する思想家の1人であるオルテガの『大衆の反逆』。こちらは訳の違いと100分de名著からの入り方を別の記事で整理しています。
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まとめます。『生きがいについて』は生きがいの処方箋ではなく解剖図。全11章は「構造」「喪失と再発見」「精神的生きがいと帰還」の3ブロックで、中核は5〜8章。引用は追わなくていい。10章で止まったら11章へ。100分de名著の4回は地図として使い、原典は節単位で読む。この5点で、手軽ではない本に手が届きます。
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