生の短さについては難しい?岩波と光文社で1篇違う三篇の読む順番

生の短さについては難しい?岩波と光文社で1篇違う三篇の読む順番

「手元の岩波文庫と、書店で見た光文社版で、目次が違う」。
セネカの『生の短さについて』を読み始めた人が最初に戸惑うところです。同じ本のはずなのに、収録されている三篇のうち1篇が別の作品で、訳題まで違う。もう1つ多いのが、「30分で読めると聞いたのに、難しくてわからない部分が多い」というレビューの声。短いはずの本で、なぜ止まるのか。この記事は、岩波と光文社の収録篇の対応を原題ベースの表で整理し、三篇をどの順で読むか、表題作20章のどこで止まりやすいかをまとめたものです。

結論を先に言うと、短さと難しさは別の話です。表題作は文庫で50〜74ページ程度(読者の実測)と短いのに、岩波版は格調のある長文の訳で、冒頭の一文が4行あります。止まる場所は訳文と、三篇の扱い方と、序盤の浪費論の反復の3つ。筆者は岩波文庫版を2022年5月にKindleで購入しています。以下、その書誌と、出版社・第三者の書誌情報から確認できる範囲で書いています。

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生の短さについて 他二篇 岩波文庫 表紙

『生の短さについて 他二篇』

セネカ(大西英文 訳)/岩波文庫

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結論|短さと難しさは別。入口は表題作、岩波1冊で完結する

『生の短さについて』は、岩波文庫版なら表題作を含む三篇で316頁。表題作だけなら文庫で50〜74ページ程度と短く、内容は「生は浪費すれば短いが、使い方を知れば長い」という一点を、義父パウリヌスに宛てた書簡の形で20章に分けて説いたものです。短いのに難しく感じるのは、岩波の訳文が格調を優先した長文で、序盤の1〜6章が同じ主題を角度を変えて繰り返すからです。

だから対処は単純。訳文が合わなければ光文社古典新訳文庫版という平易な訳がある。三篇は表題作から入り、残り2篇は後回しでいい。1〜6章で止まったら7〜8章へ飛んでいい。この3つを、書誌と章構成から順に説明します。

岩波文庫と光文社古典新訳文庫の違い|原題ベースの対応表と3系統の訳

いま新刊で買える2冊は、書名も収録作品も微妙に違います。岩波文庫『生の短さについて 他二篇』(大西英文訳・2010年3月・316頁)と、光文社古典新訳文庫『人生の短さについて 他2篇』(中澤務訳・2017年3月・320頁)。ラテン語の原題で並べると、どれが同じでどれが違うかが1目で分かります。

原題岩波文庫(大西訳)光文社古典新訳文庫(中澤訳)
De Brevitate Vitae生の短さについて人生の短さについて
De Tranquillitate Animi心の平静について心の安定について
De Vita Beata幸福な生について未収録
Ad Helviam Matrem de Consolatione未収録母ヘルウィアへのなぐさめ

表題作と「心の平静について」(光文社では「心の安定について」)は同じ作品の訳題違いです。違うのは3篇目で、岩波は徳と快楽を論じる「幸福な生について」、光文社は追放中の母に宛てた「母ヘルウィアへのなぐさめ」を収めています。「同じ本を2冊買ってしまった」と思った人は、実は1篇だけ新しい作品を手に入れている。損ではありません。

訳文の性格は、両方を持っている読者の対比が分かりやすい。岩波は格調のある訳文で一文が長く、表題作の冒頭の一文は4行。光文社は同じ一文を三つに分けて訳し、やさしい言葉を使う。訳語で言えば、岩波の「自然の悪意をかこつ」が光文社では「自然の悪意を嘆く」になる、という具合です。

さらに岩波には旧訳があります。茂手木元蔵訳『人生の短さについて 他二篇』(1980年。ワイド版は1991年・229頁)。つまり訳は3系統です。新訳が学術的に正確だとする声と、旧訳のほうが分かりやすかったという声がどちらもあり、訳の好みは分かれます。ここは断定せず、次の表で目的別に整理しておきます。

目的向く版
まず内容を掴みたい、古典の文体に慣れていない光文社古典新訳文庫(平易・短文)
「幸福な生について」まで読みたい、格調のある文体で読みたい岩波文庫・大西訳(三篇の組み合わせが現行で唯一)
「母ヘルウィアへのなぐさめ」を読みたい光文社古典新訳文庫のみ
昔の訳で読み直したい岩波・茂手木訳(旧版・ワイド版)

難しく感じる3つの場所|長文の訳文・三篇の扱い・序盤の反復

  • 長文の訳文(岩波版)「難しくてわからない部分も多々」「立ち読みで読みにくいと感じて買うのをやめた」という声は、ほぼ岩波版の文体に向いています。内容が難解なのではなく、一文が長く古風な語が混じるため、目が滑る。光文社版を先に読んだ読者からは「古典であることを感じさせないほど自然」という感想が出ているので、文体で止まった人は訳を替えるのが最短です。
  • 三篇の扱い方が分からない表題作を読み終えた後、残り2篇を読むべきか、どの順で読むかが本には書かれていません。「心の平静について」は日常の不安への実践的な助言、「幸福な生について」は徳と快楽をめぐる論争的な文章で、性格が違います。順番は次の節で整理します。
  • 序盤1〜6章の反復表題作の1〜6章は「生は本来短くない、人が浪費している」という主題を、人の例を替えながら繰り返します。ここで「同じ話が続く」と感じて止まる人が多い。7〜8章で「生への自覚」に話が移るので、反復に飽きたら飛んで構いません。

なお成立は紀元49年頃と推定されていますが、古代の作品なので確定した年ではありません。義父パウリヌスへの書簡という体裁も含め、「手紙型の本」として読むと、章ごとの飛躍が気になりにくくなります。

三篇はどの順で読むか|表題作、心の平静について、幸福な生について

岩波版の三篇は、収録順のとおり読むのが結果的にいちばん楽です。理由を並べます。

順篇性格先に読む理由
1生の短さについて20章・書簡体・主題が一点最も短く、セネカの文体と論法に慣れる入口になる
2心の平静について不安・倦怠への助言集表題作の「時間の使い方」を心の側から補う。光文社版と共通
3幸福な生について徳と快楽をめぐる論争的な文章三篇で最も議論の密度が高い。セネカの雰囲気を掴んでから読むほうが分かりやすい

光文社版から入った人は、表題作と「心の安定について」を読んだ時点で岩波版の三篇のうち2篇を既に読んだことになります。岩波版を追加する意味は「幸福な生について」の1篇にあり、逆に岩波版から入った人が光文社版を追加する意味は「母ヘルウィアへのなぐさめ」にあります。両方揃える必要はなく、読みたい3篇目で決めれば十分です。

表題作20章の地図|1〜6章で止まったら7〜8章へ

表題作は全20章。章ごとの内容は、岩波版を読んだ読者が公開している章構成メモを手がかりに、次のようにまとまります。

  • 1〜6章|生の浪費生は本来短くない、人が浪費しているから短く感じる、という主題の提示。欲に囚われる人、他人の機嫌取りに時間を使う人など、浪費の例が続く。
  • 7〜8章|生への自覚時間を「自分のもの」として意識することへ話が移る。1〜6章で止まった人はここから読み直すと流れが戻る。
  • 10〜13章|過去と賢者過去の時間の扱い方と、賢者・識者の生き方。
  • 14〜15章|賢者の生の長さ古今の思想家と対話する生き方が、生を長くするという中核部分。
  • 16〜17章|運命の不安定多忙な人の生の不安定さを描く。
  • 18〜20章|結び義父パウリヌス宛の書簡として閉じる。

山は14〜15章。1〜6章は入口であって本論ではないので、そこで「同じ話が続く」と感じたら7〜8章に飛び、14〜15章まで読んでから1〜6章に戻る。当ブログの『自省録』の記事で書いた「どこから読んでもいい」型の読み方が、この本でも使えます。

NHKの「100分de名著」でこの本が扱われたのは、通常回ではなく2021年3月の特番「100分de災害を考える」の第3回です。番組を入口にする場合はその回を探してください。

揃え方と次の1冊|岩波を主にして光文社は追加、自省録と時間の名著へ

人生の短さについて 他2篇 光文社古典新訳文庫 表紙

筆者の手元にあるのは岩波文庫版のKindle版で、2022年5月に購入当時900円で入手しました(価格は時期により変わります)。三篇の組み合わせで選ぶなら岩波1冊で完結し、光文社版は「母ヘルウィアへのなぐさめ」が読みたくなったときに追加する、という順序で十分です。岩波と光文社の両方を電子で揃える場合は、ストアのセールやクーポンで差が出ます。

関連記事: 電子書籍のセール・クーポンが多いアプリ徹底比較|お得に買う3選

次の1冊は2方向あります。同じストア派の古典で、手紙型のセネカに対してノート型の『自省録』。そしてこの本の主題である「有限の時間をどう使うか」を現代の言葉で扱う『限りある時間の使い方』や『エッセンシャル思考』。後者は当ブログの時間の名著3冊の記事で順番を整理しています。

関連記事: 自省録はどこから読んでもいい|2000年前の内省ノート

関連記事: 時間がない人の名著3冊|エッセンシャル思考から始める順番

まとめます。『生の短さについて』は短いが、岩波版の訳文は長文で、序盤は反復する。岩波と光文社は三篇のうち2篇が同じで1篇が違う。読む順は表題作、心の平静について、幸福な生について。表題作は1〜6章で止まったら7〜8章へ飛び、山の14〜15章まで読む。訳が合わなければ光文社版へ。この4点で、30分で読める本が本当に30分で読める本になります。

生の短さについて 他二篇 岩波文庫 表紙

『生の短さについて 他二篇』

セネカ(大西英文 訳)/岩波文庫

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